生涯語り継がれる
2006-2013「WBCの名場面」

(C)共同通信

国を背負った代表チーム同士の戦いであり、ひとつの勝ち、ひとつの負けが大きな意味を持つWBC。2度の優勝、1度のベスト4という結果を残してきた侍ジャパンであっても、楽に戦えた試合はほとんどなく、どの大会でも追い込まれ、その状況を打ち破ることで結果につなげてきた。それだけに、観ている者が感情を揺さぶられるシーンに出会うことも多かったと言える。数々のドラマに彩られた、WBC過去3大会の名場面を振り返る。

文/Baseball Crix編集部

2006年の韓国との大一番、先発上原が好投し福留が胸のすく豪快な一発!
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WBCと日韓戦は切っても切れない関係にある。前回の第3回大会(2013)では対戦はなかったが、とにかく対戦数が多い。WBCで侍ジャパンが戦った全24試合のうちの8試合、1/3を韓国との試合が占めているのだ。実力の拮抗した相手との対戦が増えれば、ドラマも自然と多く生まれることになる。

第1回大会(2006)では、第1ラウンドで2-3、第2ラウンドで1-2と連敗。決勝ラウンドの準決勝では6-0で勝利したが、この勝利は強く印象に残っている人も多いだろう。立役者は、まず先発した上原浩治(当時・巨人/現・カブス)である。大会3試合目の先発となった上原は大舞台に強いところを見せ、7回を3安打無失点、8奪三振、無四死球という完璧な投球を披露。2度の対戦で韓国打線がスライダーに対応できていないことを察知し、これを徹底的に使ったことが奏功した。

もうひとりの立役者は福留孝介(当時・中日/現・阪神)である。0-0で迎えた7回1死二塁の場面に代打で登場し、均衡を破るホームランを放った。福留はこの打席まで6打数ノーヒットと調子が上がっていなかったが、韓国の3番手、右のアンダースロー・金炳賢(当時・ロッキーズ)の甘く入った直球を思い切り振り抜き、サンディエゴ・ペトコパークの右中間スタンドに運んだ。慣れない代打での登場だったが、抜群の集中力を発揮した福留はもちろん、あの場面で起用した王貞治監督(当時)の勝負勘も「さすが」というほかない。いま思えば、のちに実現するメジャーリーグでのプレーのデモンストレーションであったかのような活躍でもあった。上原と福留、そのふたりがやってのけた“決戦”での大仕事は、劇的なリベンジの思い出と共に語り継がれることだろう。

第2回大会(2009年)でも、侍ジャパンは5度にわたって韓国と戦った。最も印象深いのはイチロー(当時・マリナーズ/現・マーリンズ)の勝ち越し中前打で試合を決めた決勝戦であろう。3-3で迎えた10回表に生まれた一打は、日本人にとってのWBCを象徴する場面である。第1回大会では、プレーだけでなく発言でもチームを引っ張り“闘将・イチロー”としてインパクトを残したが、この大会では準決勝を終えて38打数8安打、打率.211と不振に陥っていた。天才が苦しむ姿を見せたうえでの一打だっただけに、大きな感動を生んだ。

この結末に達するまでにも印象的なプレーはたくさんあった。先発・岩隈久志(当時・楽天/現・マリナーズ)の7回途中2失点の好投や、1-1の同点に追いつかれた5回裏、レフトの内川聖一(当時・横浜/現・ソフトバンク)が、レフト線を破りかけた打球をスライディングキャッチしすかさず立ち上がり送球、二塁で走者を刺した。相手の勢いを止めた、守備でのビッグプレーも語り草だ。

9回2死からの二盗と巧打 2013年は「策」と「技」で魅了した侍ジャパン

第3回大会(2013年)は、第2ラウンドのチャイニーズタイペイ戦でドラマが生まれた。打線に当たりが出ない侍ジャパンはリードを許す展開となる。8回表、2点差を追いつき2-2としたが、その裏に田中将大(当時・楽天/現・ヤンキース)が痛い失点。2-3で1点を追いかけて9回に突入することになる。1死から鳥谷敬(阪神)が四球で出塁するが、次の打者が倒れ2死に。この危機的状況で、鳥谷がスタートをきり二盗を決めて得点圏に達すると、打席の井端弘和(当時・中日)がセンター前に同点打を放った。延長10回に勝ち越した侍ジャパンは見事勝利した。

鳥谷の果敢な走塁、また井端の勝負強さにしびれたファンは多いはず。この大会、侍ジャパンは得点を奪えず苦しんでいたが、それならば――と「策」と「技」で得点してみせたことで喝采を浴びた。ただ、準決勝のプエルトリコ戦では、同じ走塁絡みの策がうまくはまらず、好機を逃してもいた。緻密な野球についてまわる難しさを痛感させられたのが、前回大会だった。

敗戦や苦戦のあとに侍ジャパンが見せた“粘り”
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過去のWBCで、侍ジャパンが見せた強さは多岐にわたっていたと思うが、この短期決戦を勝ち抜くうえで効果を発揮していたものとして、敗戦や苦戦を引きずらず、切り替えて戦えていたことを挙げたい。“再起の一戦”で活躍した選手たちの、チームに勇気を与えるプレーはやはり胸を打つ。

第1回大会の第2ラウンド初戦のアメリカ戦で、侍ジャパンは西岡剛(当時・ロッテ/現・阪神)のタッチアップでのホームインが認められず、それが響き敗れた。だがその翌日のメキシコ戦では、しっかりと戦ってみせた。先発の松坂大輔(当時・西武/現・ソフトバンク)が試合をつくり、攻撃も里崎智也(当時・ロッテ)が迷いのないフルスイングで右中間に叩き込むなどして6点を奪って勝利。この試合で点差を広げられたことが失点率を有利にし、侍ジャパンの準決勝進出につながっていたことを思えば、非常に貴重な勝利だったと言える。

第2回大会の第2ラウンド、第2戦の韓国戦では、ダルビッシュ有(当時・日本ハム/現・レンジャーズ)を先発マウンドに送るも初回に3失点。これが影響して敗れ、目論んでいた最短での準決勝進出を逃した。しかし、翌日のキューバ戦に先発した岩隈が、内野ゴロの山を築く技の投球で6回を5安打無失点、四球もわずかに1という快投を演じる。つないだ杉内俊哉(当時・ソフトバンク/現・巨人)も、3回をパーフェクトに抑えるリリーフを見せ、ふたりでキューバ打線を封じてみせた。

第3回大会は、前述したチャイニーズタイペイ戦での苦戦の翌々日、オランダを相手に17安打16得点と打線が爆発。鳥谷、松田宣浩(ソフトバンク)、内川、稲葉篤紀(当時・日本ハム)、糸井嘉男(当時・オリックス/現・阪神)、坂本勇人(巨人)の6人がスタンドに運び、それまで得点力不足にあえいでいた鬱憤を晴らす攻撃を見せた。細かな野球で勝った直後に見せた豪快な勝利。日本野球のバリエーションを、世界に示した一戦だった。

注目度が高く背負うものも大きい大会だけに、期間中は批評、議論が熱を帯びるのはWBCの宿命である。だが振り返ってみたとき、真っ先によみがえるのは懸命なプレーであったり、それによって呼び起こされた感情であるように思う。今大会も、人の心に本当に残るドラマにひとつでも多く出会いたい。

(記事提供)

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